『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

心を強く

瀬戸内海に長島という小さな島がある。

そこに、ハンセン病療養所がある。

かつては橋がなく、完全に隔離されていた。

家族が危篤であっても、帰省許可がおりなかった。

やむなく無断で島を離れれば、引き戻され、療養所内の監禁室に入れられた。

復元された監禁室の中に、こんな字が書いてある。

「心淋しき諸君よ 心を強くすれば必ず成功する」

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「監禁患者御一同に告ぐ 男は度胸だ」

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島にこもっていると気が狂いそうだ。
目的はなく、ただ、街を歩いてみる。
街は、綺麗なものであふれていた。
前にも同じところを歩いたことが何度もある。
その時は、気がつかなかった。
目に入らなかったのか?
見ないようにしてたのか?

JIA@Yahoo!ニュース

Yahoo!ニュースに、髪の毛クルクルの僕が、スキンヘッドの松っちゃんと一緒に載ってる…

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何だか、呆然とする…

 

15年前、西尾雄志という先輩に誘われてこの活動を広東省潮州市リンホウ村で始めた。
14年前、リンホウ村に住むことを決めた時、西尾さんにもらった本がある。
中村哲の本だった。
その冒頭にこんなことが書いてあった、
「人と人との出逢いの連続が、私の人生を方向づけていった」。

 

その後、いろいろな人に出逢ってきた。
不思議なことに、節目、節目で誰かが現れ、その時まさに必要な言葉をくれる。

 

これまで、隔離村を開き、
地域の地域のハンセン病元隔離村で活動する組織をつくり、
この組織を政府登録し、
昨年はこの15年で初めて、資金運営の見通しが立ち始めた。

 

そんなころ、脈々と流れる人と人との出逢いの連続によって、Yahoo!の三宅さんに出逢った。
そして、この記事を書いて頂いた:https://news.yahoo.co.jp/feature/561

 

皆さん、これまで本当にどうもありがとうございました。
でも、これからも、相変わらず走っていきます。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。

クラウドファンディングへのご協力をお願いします!

僕らは「ハンセン病」という領域で活動しています。
これまでに約2万人の人々がこの活動に参加してきました。
何が人々をこの活動に引きつけるのでしょう?

「ハンセン病は、『人間とは何か』ということを問いかけている病である。」

これは、知り合って15年になる友人が紹介してくれた言葉です。
「ハンセン病を学ぶためのブックガイド」(佐藤健太著)という冊子のサブ表題だそうです。

先日、福岡の大学生が3名、広東省仏山市高明区にある潭山村(ハンセン病快復村)でのワークキャンプに参加しました。
キャンプ後、いろいろと話す機会がありました。
3人はそれぞれ、昨年夏に引き続いて潭山村の村人との再会を果たし、一歩踏み込んだ関係を築きました。
そこから深く考えることが多くあり、あふれるように語ってくれました。
「こんなに語ることに貪欲になったことはない」。
昨夏はあまり想いを語らなかったそのうちのひとりが、そう満面の笑みを見せてくれました。

私たちは、高齢な村人たちに直接出逢うことのできる、最後の世代です。
いま彼らのことを記録しなければ、彼らの存在は、彼らの歴史は、「なかったこと」にされるでしょう。

僕が住んでいた広東省潮州市リンホウ村には2002年当時、14名が暮らしていました。
現在は、3名。

彼らの存在を、彼らと日中の若者の間に起こった出来事を、記録したい。
そして、次の世代につなげていきたい。
それを、こんな時代だからこそ、こんな日中両国関係だからこそ、日中の人々の手によって行いたい。

だから、JIAはクラウドファンディングを立ち上げました。
中国にあるハンセン病元隔離村の記録を書籍で残すためのクラウドファンディングです。

https://camp-fire.jp/projects/view/17937

 

皆さんに、このクラウドファンディングにご協力いただきたいと想っています。

まずはクラウドファンディングのサイトをご覧ください。
また、Facebookなどで拡散して頂ければ嬉しく想います。
どうぞよろしくお願い致します。

平塚ロータリークラブ

多くの寄付者は、NPOの行うプロジェクトについて、「目に見える成果」を期待する。

例えば、「◯◯さんの寄付により、どこどこに小学校が建ちました」というような。

ただ、こんな状況もある:「小学校は建ったが、そこで働く先生に給料を払えない」。

 

状況をよく調査しなければならないが、教育を必要とする子供たちのためになる支援は、もしかしたら、校舎を建てることではなく、先生に給料を支払うことかもしれない。

その場合の成果-先生の給料-は「目に見えない成果」だが、いちばん子供たちのためになるかもしれない。

 

平塚ロータリークラブは、そんな「目に見えない成果」のための寄付を行ってくれている。

2月5日から12日まで、JIA事務局職員とボランティアの中国人4名を日本に招待してくれた。

その間、僕らは日本で様々な活動を行わせて頂いた。

東日本大震災の被災地において、ワークキャンプという手法を使いながらまちづくりを行う団体の取り組みを見学。

東京にあるハンセン病国立療養所の歴史保存の取り組みを見学。

三田にてハンセン病快復村・快復者のドキュメンタリーの放映会を開催(当日の模様)。

平塚にて地元の大学生や高校生ボランティアと交流。

4名は多くの気づきや学び、「新たな動力を得た」と語っている。

 

多くの人にとって、中国から日本に来る人々のイメージといえば、買い物客かもしれない。

しかし、そうではない中国人もいるのだ。

 

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唐桑到着早々、海鮮丼に度肝を抜かれる。これで700円!

 

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まずは被災者の馬場国昭さんの話を聴く。

 

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国昭さんとすっかり仲良くなった。

 

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唐桑のまちづくりに取り組む地元の団体からくわ丸のメンバーと

 

平塚ロータリークラブは地元平塚のタウンニュースにまで連絡してくれた。

原田 燎太郎さん | 平塚 | タウンニュース

広東省与人公益基金会

さっき、与人(ユーレン)という広東省の財団にて、来年度のプロジェクトについて話し合いを持った。

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2017年度も支援していただけそうだ。

 

与人財団には2012年以来お世話になっている。

ロックフェラー兄弟財団の方向性変更に伴い、JIAへの支援が停止したその年、与人財団が支援してくれなかったら、今のJIAはなかったかも知れない。

 

2012年当時から、与人財団は、JIAへの支援を徐々に減らすという前提で支援してくれた。

その間、JIAでは2013-2015年には社会人個人、企業の支援を次第に得、2016年には活動OG/OBが寄付者(毎月の定額寄付)としてまた資金調達者(チャリティー山登り)として多数参画してくれ、さらにクラウドファンディングも始め、資金の柱が増えた。

この数年間は『男はつらいよ』の「タコ社長」のようだったが、振り返れば、与人財団がくれた執行猶予期間を相当に活かせた。

(皆さま、今後ともどうぞよろしくお願い致します…!)

 

今日は与人財団の初代事務局長の静蓮が財団への出勤の最終日。

想えば、JIA支援は与人財団にとっても、静蓮にとっても初めてのプロジェクトだった。

 

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静蓮(左から二番目)。初めて与人財団に支援して頂いたころ、与人の事務所で。