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『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

帰国後のヒトリゴト

朝7時にきよ子さんと西尾さんと散歩。フリーデーのときに行ったマーケットにもう一度行った。フリーデーの帰りの待ち合わせ場所だった道路を隔ててマーケット側は貧しい地域、珠江側は豊かな地域になっている。マーケット側は小さな路地が多い。肉まんなども売っている。0.5元(約7.5円)でとてもおいしいものをひとつ食べた。住宅は8階建てくらいで、排気ガスで真っ黒になっている。ところどころに警察官が座っているためか、治安は良いように見えた。朝が早かったため、商店は閉まっているものが多かった。飲食店は開いていた。

珠江側は昨日も歩いたが、西洋風の建築物が建ち並ぶ。人々の身なりも整っている。テニスコートもあった。公園ではたくさんの人が所狭しと太極拳やダンスを楽しんでいる。外車も多く走っている(ワーゲンが多い)。

マーケット側は薄汚れた黒・茶色のイメージであるのに対し、珠江側は白・うす黄色のヨーロッパ的なイメージだった。

マーケットですっぽんをさばいているところを見た。首の後ろの甲羅のところからでかい包丁を入れていく。左右に切り開いていくとすっぽんは後ろへ首を伸ばし、包丁を攻撃しようとする。おっちゃんはすかさず包丁で頭を叩く。すっぽんが首を縮めるとすぐにまた甲羅を切り裂いていく。丸く甲羅がカットされると、おっちゃんはそれをむしりとる。首は甲羅の上側の中央部にしっかりと根っこがついている。ちんちんみたい。肉は手足の付け根の内側に少しあるだけ。甲羅の腹部は緑色をしていて、柔らかい皮のようだ。あそこをゆでてスープにすると、昨日食べた黒っぽいゼラチン質の食べ物になるのだろう。

朝飯にラーメンを食った。3元(約45円)で牛肉の煮込みがたっぷり入ったラーメンが食える。きよ子さんが食べきれないほどのボリュームがあった。その後、肉まんとギョーザ(蒸し)を食べた。両方ともうまい。肉まん3個、ギョーザ7個くらいで3元。激安だ。

帰国後の電車の中で

中国へ発つ日の早朝4時51分の電車に乗る前は、憂鬱だった。前日に先輩にしかられたことも会ったのかもしれないが、ハンセン病に対する恐れが大部分を占めていたと思う。うつることはまずないことはわかっているのだが、それでも恐れが消えない。これが差別であり、偏見なのだろう。参加申し込みをしたことを悔いた。

その後、後悔・恐れは村に到着したときにピークに達した。HANDAの車の窓からはハンセン病の後遺症が生々しい人がたくさん集まってくるのが見える。ソンドと西尾さんは車から降りるなり握手している。おれはできなかった。笑顔は引きつっていただろうか、「ニーハオ」というのが精一杯だった。

そんな恐れも時とともに薄れていった。彼らはふつうのじいさん・ばあさんなのだ。みな親切だし、仲良く暮らしている。違うのは外見だけだ。義足の人、腕のない人、指のない人。一見恐ろしいが、日常接していれば、恐れは薄れる。山奥に閉じ込めておくから、彼らに対する恐れは増幅されるのだろう。

ユートピアのように見えた村にも、いじめがある。障害の軽い人が重い人に対して威張ることもある。はじめは失望したが、考えてみれば当たり前のことだ。人と人が集うところではどこでもいがみ合いが生じる。そんなものがない社会は返って不自然だ。台所おばさんが見せる二面性がそれをよく表していると思う。

とにかくハンセン病の人間も、そうでない人間もおなじであるということが今回のキャンプを通してわかった。外見に対する恐れが消えることはないだろう。それでも、外見に戸惑いつつも彼らと接していけば、「ハンセン病の人」としてではなく、「林ばーちゃん(ニコニコばあさん)」として付き合える。こういったキャンプに参加する人が増え、その人から話を聴く人が増えていけば、露骨な差別(心の底での差別意識は消えないが、行動上の差別はかなり薄らぐ。行動上の差別を「露骨な差別」とした)は減っていくはずだ。

甘っちょろい理想主義が消えた。理想を語るだけではダメ。理屈をこねて行動を起こせなくしてしまうから。

「差別・偏見」は消えない。肉屋のようにまず自分が生きねばならない。ただ、交流によってふつうのおっちゃん・おばちゃんだということは理解できるようになる。

おれは過去を美化しがちだから、次のことを言うには気をつけねばならない。それでも敢えて言いたい:「行ってよかった。中国・ヤンカン村に行ってよかった」。