『猪突盲進』-原田燎太郎

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蘇文秀村長との筆談

原田「(部屋の入り口に座り込み、あいつは帰るのかという表情の村長に)朱君は医院に泊まって英語を勉強するそうです。あなたは蘇さんですよね。(村長、非常に驚き、方さんに大声で何か言う。)村長ですよね。(さらに驚く。)ぼくは9月に来たんですけど、覚えてますか。名前は原田僚太郎です。原田が姓で、僚太郎が名前です。あなたの名前は文秀ですよね。9月に姓名を知りました」。

村長「おまえさんの名前は『田僚太郎』でしたかな」。

原田「『原田』です」。

村長「住んでいるのは日本ですか、それとも中国ですか」。

原田「日本です」。

村長「いつまで滞在するんですか」。

原田「11月17日までです。10月31日に広州につき、11月1日にリンホウに入りました。11月17日はまたバスで広州まで行き、18日に帰国します(図で説明)。今回はトイレをつくり、次回2月か3月には水道をつくり、8月には家屋を新築する予定です」。

村長「現在ここには13人が住んでいる」。

原田「13人?!もしかして、許宏広さんは…」。

村長「陳宏広のことか!(方さんと驚く村長)天国にいる。彼は死んだ」。

村長「おまえは留学生か」。

原田「いえ、日本の大学にいってます」。

村長「どこの大学だ」。

原田「早稲田大学です」。

村長「有名な大学だな。新聞に載ってるのを見たぞ。前途に光明あれ」。

村長「中国は何度目だ」。

原田「3回目です。2月に清遠市楊坑村に、9月と今回の11月にリンホウです」。

村長「おまえ、<老婆>はいるのか」。

原田「いますよ。77歳です」。

村長「<老婆>だぞ」。

原田「<老婆>ですよ」。

村長「7歳のときに父が死んだ。弟2人。弟夫婦には娘が6人」。