『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

だんだん見えてくる本当のリンホウ

蘇村長の略歴

蘇村長が略歴を書き始めた。去年の11月以来、折ある毎に執筆を勧めていた。答えは大体いつも同じで、

「無理だ、無理だ。もう年を取ったからな。眼も悪くなったし」。

村長は、『苦難不在人間』(4月21日参照)を読んで、自分でも書いてみる気になったのかもしれない。

草稿を見せてもらう。B5で1枚半。びっしりと字が並んでいる。文章は、村長が生まれたときのことから始まる。経済的理由で学校を辞めざるを得なかったこと、母親と野菜を10キロも20キロも歩いて売りに行っていたことなどが続く。そして、ハンセン病発病。母親が涙を流した下りには厳粛な気分にさせられる。

「22歳で発病して勉強できなかったんだ。残念でならない。右頬に斑紋が出てな…」。

鋭い目でそう語る蘇村長。SARSを理由にして、ハンセン病支援の学生ネットワーク構築をあきらめてはならないと再認識する。

若深さん・インチンと、曽さんの関係

若深さんが村長の部屋にやってきて潮州語で話してくる。通訳は村長の筆談。

「許若深・老蔡(インチン)は曽さんと話をしないし、行き来もないんだ。以前ケンカしたんだ」。

また村人の複雑な関係の話だ。曽さんと酒を飲むなということなのか。すこしムッとして私は書いていく、

「彼らの関係はよくわかりました。でも、曽さんに誘われたら飲みに行きます。誰かのうちには行って、誰かのところには行かないなんてことはしません。どの村人のことも好きですから」。

村長は大きくうなずく。村人同士の小さな問題を気にするなと言ってくれる。当の若深さんも、曽さんに誘われたら気にせず遊びに行けと言う。どうやら、こういう事実があるということを報告しておきたかっただけらしい。

一部の村人同士の関係はうまくいっていない。私はそれを気にし始めていた。インチンの部屋にいる時その前をカンペイちゃんが通ると、なんとなくカンペイちゃんにスマナイ気がした。曽さんのうちに食器を持って飲みに行こうとすると、郭さんに止められた。郭さんを説得しているところを遠巻きにシュウシュウに見られており、さらに気まずい思いをした。

しばらく、村人同士の個人的な関係を気にするのはやめよう。チァロン(マーク)は村人同士の関係を良くする活動をしたいという。そういった問題にまで首を突っ込むべきなのだろうか。結論はまだ出ない。

「愛心天使」(ALA)の母体団体

朝10時、HANDAのヴィヴィアンと電話し、ALAの設立にHANDAの協力が必要なことを伝える。ヴィヴィアンは即答しない。今後、ハンセン病支援の学生ネットワークをつくっていく過程で、他の大学でもALAと同じ問題が起きるかも知れない。安易に前例をつくることはできない。この問題はヴィヴィアンの裁量を越えているので、HANDAの医師であり秘書長のマイケルに相談するという。

ハンセン病療養所が出入り禁止に

「HANDAは今、広州のハンセン病療養所に行けないんですよー」。

アッケラカンとヴィヴィアンは恐ろしいことを言う。4月末のことだ。SARS予防のため、ハンセン病療養所は外部のものの出入りを禁止した。HANDAはいくつかの治療を予定していたが、すべて中止することになった。

(おれはリンホウに居ていいのかな…)。

薬屋

リンホウ医院でのヴィヴィアンとの電話が終わり、村に帰る。と、村の入口から少し離れたところにコギレイな身なりの2人の姿がある。さっき医院に薬を卸していた薬屋の2人組みだ。そこで立ち止まっている。

「村に行きたいんだけど、2人だけでいくのがためらわれてね」。

一緒に行くことにする。2人は若深さんと出くわす。若深さんと話す2人のうちの1人・許さん。もう1人は堅い表情で黙っている。彼の眼は、後遺症がまったくない若深さんの顔と指がほとんどない若深さんの手の間を行ったり来たりする。

この薬業者の2人は、村に来るのが初めてだという。いつも医院に薬を届け、すぐに帰っていたそうだ。

彼らにもらった名刺を村長に見せると村長は薬屋の名前・許鋭鵬を知っていた。村長は言う、

「彼らとは全く親交がないんだ」。

蘇さんと長屋Aと私

今夜は蘇さんと飲む。

「昨日ジエシャン(ジル)が言ってたんですけど、蘇さんは8月以降も長屋Aに引っ越さないってゆうのはホントですか」。

蘇さんの隣に住んでいる許松立さんは8月に長屋Bに引っ越すという。彼は現在、歩けない蘇さんの手伝いをしている。松立さんは8月以降、日中は蘇さんの手伝いをし、夜は新しい長屋で寝るという。

「8月以降に引っ越さないというのは、ボクが蘇さんの部屋を借りているからですか。それならボクは移動しますよ」。

私が村で借りている部屋は蘇さんに割り当てられている部屋だ。今は熱いので涼しくなる8月頃に引っ越すと聞いていたので、私は彼の部屋を借りた。蘇さんは、私が部屋を借りていることを気にして引っ越さないことにしたのではないか。

「いや、今住んでいる部屋は涼しいから引っ越さないんだ。ほら、いい風が入ってくるだろ。ニワトリも飼えるしな」。

「向こうの長屋も8月以降は涼しいんじゃないですか。ニワトリは向こうでも飼えますし」。

蘇さんはたくさんのニワトリを飼っている。卵は貴重なタンパク源だ。

「おまえさんが日本に帰った後、ニワトリを売り払って向こうに住むさ」。

引っ越したらニワトリを飼えないと蘇さんは言う。長屋Aは狭いので室内では飼えない。放し飼いはすでに多くの村人がしているので、彼がそうする余地はない。それならば売るしかないという。

「ニワトリ小屋があればいいですかね」。

「いらん、いらん」。

笑いながら蘇さんは言う。松立さんは終止ビミョウな笑みを浮かべている。どうやら、2人は今住んでいる長屋―涼しく、ニワトリが飼える―にとどまりたいようだ。

「こっちの部屋を気に入っているなら、どうして向こうに移動するんですか」。

「おれに割り当てられているからだ」。

長屋を建て替えた意味がわからなくなる。彼らの生活を壊すことになるのだろうか。すっかり私はショゲる。見かねた蘇さんは言う、

「向こうには電気も水道もあるから、引っ越したいと思っている」。