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『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

中国滞在1ヶ月記念

中国に来て1ヶ月が経った。この間、たくさんの人たちと再会し、出会った。HANDAの人々、白諸村の人々、リンホウの村人たち、師範学院の学生たち、出稼ぎ労働者たち―。その1人ヒトリひとりから多くのことを感じた。それをもとに、いま設立されようとしているALA―HANDAの潮州支部でもある学生団体・「愛心天使」(ALA, Angels of Love Association)―の活動の方向性を考えてみる。

人と人とのつながり

「嗚呼、今日も一日が始まる。生きるのって辛いなぁ」。

そう思わなくてすむ人はシアワセだ。そんな人が持っているものは、「人と人とのつながり」じゃないかな。ハンセン病を病んだ人たち、出稼ぎ労働者たち…。すべての人がそれを持てたらいいな。

四川省のお姉ちゃんと1900元

そんなことを想った直接のきっかけは、四川省から出稼ぎにきているお姉ちゃんのお母さんが病気になったことにある(5月13日参照)。治療費と交通費(1900元。日本円で約1万8500円)を貸そうかな。貸したら、お姉ちゃんはお金を返せるかな。返ってくることを期待しなければいっか。いっそのことあげちゃおうかな。でも、似たようなことが今後起こるかもしれない。その時はどうしよう…。

近年の中国の経済発展の裏には、彼らのような労働搾取の犠牲者がいる。病気の親に会うこともままならない。

シアワセ

別に裕福になる必要はない。貧しくてもいい。カネがあっても不幸な人はいるのだから。ただ、「シアワセ感」は味わいたい。

ところで、「シアワセ」って何だべ?ALAはそれを「ラブ」と呼ぶ。”Angels of Love”の”Love”だ。「ラブ」、「ラブ」、「ラブ」…。「ラブ」って何だべ。

四川の姉ちゃんが辛そうにしているのは、やっぱり病気のお母さんから遠く離れているからじゃないかな。生活は苦しくても家族が近くにいれば、ちょっとはいいんじゃないかな。やっぱり、「シアワセ」とは、「ラブ」とは、「人と人とのつながり」のことじゃないかな。

貧富の格差の拡大は「人と人とのつながり」を妨げる。ハンセン病差別も然りだ。戦争、家庭の不和…。数え上げれば切りがない。こういった「人と人とのつながり」を妨げるすべての要素が減って欲しい。こういった要素を減らし、多くの人がシアワセ感を味わうにはどうしたらいいんだろう。

五感で感じること

子どものときに、五感を使って感じたことは忘れにくい。多くの子どもたちが「人と人とのつながり」を破壊する要素の恐ろしさを感じれば、彼らが大人になったとき積極的に「人と人とのつながり」を壊すことはないと思う。子どもたちがそれを感じる場を提供すること―この役割をALAに担って欲しい。

幸いALAは師範学院に設立される。学校の先生となったALAのOG/OBが子どもたちを村に連れてくることは難しくはないだろう。ハンセン病を病んだ人たちが暮らすリンホウ村での活動を通して、子どもたちは家族について考え直す機会をもつだろう。彼らは、人生を違った角度から見る第2の眼を持つことができるかもしれない。ALAの現役メンバーは子どもたちの遊び相手、話し相手、相談相手となり、いずれ教師となるための予行演習ができる。

独りがいい?

「人と人とのつながりなんて面倒くさい」。

「独りの方が気楽だ」。

そんな声も聴いたことがある。

でも、本当に独りがいいのかな。分かり合える人がいれば、安心できる人がいれば、その人と一緒にいる時間は素晴らしいんじゃないかな。

「だって、そんな人いないもん」。

本当に「いない」のか。「いないことにしている」のではないか。自分が傷つくことを恐れ、「人と人とのつながり」を持つことから逃げているだけなのではないか。これは、自信・自尊心が絡んでいる問題だと思う。自分に自信がなく、自尊心を持っていなければ、他の人といて楽しむことは難しい。

「自分に自信なんて持てないよ」。

しかし。自尊心を持つ要素を持っていない人間はいない。人間の能力なんてみんな目クソ鼻クソ耳クソだ。「自信がない」と思うのは、それを持つことができる自分に気づいていないだけだ。自分の能力に気づかせてくれる誰かさえいればいい。

もう1つのALAの役割

自分の能力に気づかせてくれる人、自分で自分をちょっとだけ好きになるキッカケを与えてくれる人―ALAにその役割を担って欲しい。

どうやって?

自分が必要とされているという感覚。これを持てれば、自分で自分のことを好きになれるのではないだろうか。リンホウのある村人は次のように語って涙をこぼした。

「私は自分を家族と社会の重荷だと思ってきた。他人から親切にされるなんて思ってもみなかった。今は中国と日本の学生がとても親切にしてくれる。今度は学生たちの負担になるのではないか」。

彼女をはじめリンホウの村人たちは自分の魅力に気づいていないようだ。リンホウ村でのALAの活動では、村人に講師役をお願いしたいと考えている。かつてハンセン病を病んだ村人たち。家族から強制的に引き離された村人たち。ハンセン病という当時は難病だった病を生きてきた村人たち。彼らは私たちが経験することのできない人生を歩んできた。家族の大切さ、生と死に対する彼らの一言ひとことには重みがある。

リンホウの人々が講師としてこの教育活動に関われば、自分が必要とされ、尊敬されていることを知ることができるのではないか。絵を描くこと、農業を教えること、竹細工を教えること、自らの体験を語ること。現在リンホウの人々が普通に行っていることを、子どもたちと一緒にする。村人たちは尊敬されることだろう。

ハンセン病問題の解決の指標

社会復帰がハンセン病問題の最終目的のように語られる。しかし、現実的な見方をすれば、それは難しいのではないか。若い人なら可能だろう。しかし、いわゆる「ハンセン病快復者」のほとんどは体が不自由で高齢だ。社会で自立することは難しい。

では、ハンセン病問題の解決の指標となるものは何か。私が考えていることは、村人のうち自信と自尊心を見失っている人々がそれを取り戻し、人の流れを村に生み、彼らの家族が村に来やすい環境をつくること―つまり「人と人とのつながり」を得ることだ。いわば、「社会復帰が難しい人の社会復帰」だ。ALAの活動にその手助けをしてもらいたい。

もう一つの「交流の家」運動

そして、ALAの今後の活動として、リンホウに宿泊施設をつくりたいと思っている。リンホウに来る子どもたちが、ALAのメンバーが、気軽に泊まることのできる家をリンホウに建設するという計画だ(リンホウは市街地から遠く離れており、日帰りで行き来するのでは時間が足りない)。この家を拠点とし、リンホウの人々が、子どもたちが、ALAのメンバーが「人と人とのつながり」を感じることができれば、それはもう一つの「交流の家」と呼ぶことができるだろう(「木村聖哉鶴見俊輔、1997、『交流の家物語』、岩波書店」参照)。

おまけ:「今日のリンホウ」

オカン

夕方、借りている村の一室でHANDAのニュースレターを翻訳していると、中華鍋で野菜を炒める景気のいい音が聞こえてくる。お向かいさんのインインが料理を始めたようだ。今晩は夕飯をゴチソウしてくれる。「今晩も」というべきか。

子どもの頃に聞いた、母の音を思い出す。朝の布団の中で聞いた、まな板と包丁が立てる小気味よい音。包み込まれているような感じを受ける。

「○‘#%+@△!」

インインは潮州語で笑いながら料理を出してくれる。

「たんとお食べ」。

私にはそう聞こえた。

老朋友

今晩はビールまで出てくる。

「ラオペンユウ、カン、カン、カン」。

乾杯のとき、歯のないインチンはそう言う。私の聴き取りが間違っていなければ、その漢字は「老朋友、乾、乾、乾」で、辞書によると「昔からの友よ、乾杯だ」という意味だ。インチンの雰囲気は『風の谷のナウシカ』の「大ババ様」に似ている。彼女と飲むビールはうまい。

私が箸を休めている気配を感じ取ると、眼の見えないインチンは大きな声を出す、

「ラオペンユウチュウマイカッキー!」

多分その漢字は「老朋友就勿客気」で、意味は「昔からの友達なんだから遠慮するな」だろう。

もう遠慮するのはやめた。どこの家でも似たようなことを言われる。その替わりに、お茶請けを持っていったり、肩もみや部屋の掃除を今まで以上にちゃんとやろう。