『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

十三人十三色

支援物資

10時ごろ、三菱のバンがリンホウに来た。コギレイな身なりの人々が降りてくる。潮安県の身体障害者支援組織「潮安県残疾聨合会」の林副主席兼理事長を始めとする職員5名だ。「助残日」つまり身体の不自由な人を支援する日の今日、彼らはリンホウ村の慰問に来たという。林副主席は蘇村長に封筒の束を渡す。13名全員への100元ずつの慰問金だ。彼らは米と油をバンから下ろすと、帰って行く。その滞在時間は5分ほどだった。

口論

15時すぎ。心地よい眠りは、村長と若深さん、インチンの大声に妨げられた。部屋の外に出ると、支援物資の分配が始まっていた。1名につき米5キロ、油1.5リットルが配られる。大声の原因は、若深さんは米を要らないと言い、インチンはお金を要らないと言っていることにある。2人はその交換の割合でもめており、村長が仲裁している。

以前、村人は「自分のもの」という感覚を持っておらず、互いに分け合っていると書いたが、違うかも知れない。私だけ特別扱いして、いろいろなモノをくれるようだ。

わずかな米と油で30分もの口論になる村人たち。長期間リンホウに滞在して、今まで見えてこなかった負の側面が目立つようになってきた。曇天の下、すべてが灰色に見える気がする。

十三人十三色

その夜。村長が部屋の入口に座って夕涼みしている。黙って隣でタバコを吸う。

「毎日ひとりで淋しくないか」。

もちろん、淋しさは感じる。ただ、ここには村人がいる。決して「ひとり」ではない。ただ、村人の口論を聞くのはごめんだ。特に若深さんは気性が激しい。口論には大抵、彼が絡んでいる。

「口論を阻止する方法はないんだ。些細なことで長時間の言い争いになる。何を言っても無駄だ」。

村長はそう言って苦笑いする。私は、リンホウの人々が好きになってここに来た。しかし、最近、争いが目に付くようになってきた。その様子を耳に目にするとドンヨリと気分が沈む。

「他のハンセン病の村ではもめ事がないのか」。

いや、ある。広州の近くにある楊坑村にも問題はあった。ハンセン病の村以外でも、どこでもイザコザはあるものだ。

村長と話しているうち、私の誤りを再認識させられる。リンホウを勝手に理想化していた私の思い違いだ。ハンセン病を生きてきた人々を美化しすぎていた。もちろん、村長を始めとしてリンホウには魅力的な人が多い。しかし、全員ができた人間ではない。人が集うところはどこでも言い合いはあるものだ。このことは分かっているつもりだが、リンホウを好きなだけにケンカの度にがっかりさせられる。

「いろんな人間がいるものだよ」。

この村長の言葉は深く心に入ってきた。ハンセン病という1つの病を病んだリンホウの13名の人々は、13の色を持つ。人はそれぞれ違うものだ。今更ながらに思う。

ひとり部屋でタバコを吸いながら、蘇村長に感謝の手紙を書く。

「ソウタ」がお茶を飲んだ

昨日、蘇さんの部屋でお茶を飲んでいると、いつものように夕飯を終えた「ソウタ」(名前は「国作」だった)が通りかかる。

「チャッタェー!」(茶、飲んでけ!)

いつものように、懲りずに、蘇さんが国作をお茶に誘う。

「ハオ、ハオ、ハオ!」

不必要にデカイ声で蘇さんに応じ、彼は一杯飲んで部屋に入って行った。

ハンセン病快復者と一緒にお茶を飲むことは、ハンセン病への偏見の克服の第一歩だという話しを聞いたことがある。その通りだとしたら、国作は大きな一歩を踏み出したのかもしれない。

そして、今日。夕飯の後、許さんのところにお茶を飲みに行こうと曽さんが誘ってくれる。3人でお茶を飲んでいると、国作がやって来た。彼は曽さんの隣に座り込み、何やら話し込む。曽さんはご機嫌で、私のことは完全にほったらかしだ。

「オッチャンよ、乾杯だ!」

野太い声で国作は言い、曽さんとお猪口を合わせてお茶を飲む(潮州ではお茶をお猪口で何杯も飲む)。

曽さんは人を笑わせるのがうまい。言葉が分からない私でもそれは感じ取れる。国作もそれに気づいたようだ。