『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

オイシエヤボーイ

手が…

朝起きると、両手がしびれている。適切な治療がなされなかった場合に起こるハンセン病の後遺症のように、指が曲がり、動かない。コンタクトレンズの洗浄液のボトルをつかむには、両手のひらで挟み込まなければならない。フタを開けるのは無理だ。私は痺れが治るまで木の板(ベッド)の上に座りながら考えた。

(この状態が続いたら、ショックだな…)。

村人は、3名を除いてみな手に後遺症を持っている。朝ご飯を食べた後、いつものように村長のうちに行く。村長は短くなった指でお茶を入れる。お猪口を両手の平で挟んでお茶を飲む若深さんを見ながら思った。

(若深さんもタダモノではないな…)。

ハンセン病を病んだ人たちを美化するのはやめた。しかし、彼らは皆、他の人には想像がつかない経験をしてきた人たちだということも忘れてはならない。

ALAを巡る利害対立

師範学院の学生たちは、HANDAが大学に提出する必要がある書類が何かまだ分からないという。電話では説明できない「フクザツな問題」があるあらだそうだ。その問題とやらが何なのか確かめるため、学生たちと例の台湾レストランで会う。

疲れた表情のチァロン(マーク)とシャオハン(ラッキー)、風邪が治っていないジエシャン(ジル)は「フクザツな問題」をポツリポツリと話し始める。

どうやら師範学院の大学当局と英語学部がALAを巡って対立しているようだ。どちらがALAを管轄下に置くかの争いだ。ALAを学生が主導権を持った団体として設立することは難しいという。

ALAは大学の内外で有名らしい。大学内の新聞で取り上げられた上に、『潮州日報』にまで記事が載ったからだ。英語学部はALAを利用して自らの大学内に占める地位を向上させることを狙っている。大学当局としては、ALAによって得られるであろう名声を英語学部に独占されたくない。

いつの間にか、「ALAを管轄下に置くのは大学か、学部か」という話になってしまっている。そもそもALAを設立する目的は、大学に縛られない、メンバーの想いを実行できる団体をつくることだったはずだ。

「大学も学部も、ただ名声を得たいだけなのよ。その管理下に置かれたらALAを設立する意味はないわ」。

ジエシャンはあきらめ顔だ。3人は相当疲れている。シャオハンは話し合いの席で寝始める。チァロンの猫背の細い肩はさらに細く見える。

ALAの責任を取ることのできる母体団体を大学が要求したことや、SARSの問題を持ち出したことは、時間稼ぎだったのではと3人は疑う。学生たちで構成される「HANDA潮州支部」の話も消えてしまうのか。3人は学部長に会って彼の真意を確かめるという。

重苦しい、疲れきった空気が漂うまま16時すぎ、台湾レストランを後にする。雨天が続いた韓江には、泥色の水が渦巻いている。

「動物園化」

帰り道、バスの中でチァロンが語った言葉を思い返す。

ハンセン病への興味本位で村に来る人もいるんだ。適切な言葉ではないけれど、村が動物園化するかもしれない」。

彼らは、名声のみを追及する団体が村で活動することを恐れている。

「動物園」…。村に人の流れをつくろうとしてきた。それが「動物園化」につながるのだろうか。単純に多くの人に村に来てもらうのは行けないことなのだろうか。(※この言葉には驚かされました。今まで考えたこともありませんでした。ただ、チァロンの動機は疑わないでください。ちょっと疲れているのでしょう。)

村人が飽きる

「あんまり何度も同じ友達とばっかり遊んでると、飽きられるでしょ。たまにだからアリガタミがあるんだよ。村人だってそれは同じだと思う」。

つまり、村に行く回数は少なくした方がいいということだ。ドキッとした。私はどうなるのか。すでに約1ヶ月、これから1年間滞在しようとしている私は村人に飽きられるのだろうか。身体全体が重く、重くなるように感じながら村へと自転車をこぐ。

村人に支えられ…

リンホウ医院の手前にあるウナギの養殖場を過ぎる頃には18時を回ってしまう。急いでいる時に限って、養殖場のおばちゃんに話し掛けられる。彼女は私を夕飯に誘う。

(チャーロンもああ言うし、たまには村の外でメシ食うのもいいかな…)。

しかし、遅く帰ると村人が心配する。気分が沈んだまま、おばちゃんの誘いを断って村へと急ぐ。

「チャーホーアブエ?!」(メシ食ったか?!)

村に入ってすぐ左手にある高台から若深さんの大声が降ってくる。

「ブエーー!」(まだーー!)

「(蘇)振権が夕飯をつくって待ってるぞ!早く行け!」

そう言うと若深さんは数百メートル離れた蘇さんの家に向かって大声を張り上げ、私の帰りを伝える(恐らく聞こえていない)。

長屋A・Bの間の中庭に自転車を乗り入れると、長屋Aの前に座っていたインインと陸さんが大声を上げる、

「チャーブエ!?」(メシ食ったか!?)

「ブエーー!」(まだーー!)

眼が見えず、足が不自由なインチンは部屋の中から叫ぶ、

「早く振権のところに行ってきなさい!」

村長も自室から、孫シュウシュウはトイレの中から同じことをデカイ声で訊いてくれる。

蘇さん宅に行くと、彼はおかずを七輪で温めなおしてくれているところだ。

「帰りが遅いからな、すっかり冷めちまったぞ」。

椅子の上に板を載せたテーブルには、焼酎のグラスと茶碗、箸、醤油の小皿が並べてある。

「オイシエヤボーイ?」(おかずはちゃんと温まってるかい?)

蘇さんの柔らかい声を聞き、焼酎を飲む。

「オイ」(温かいよ)。

私は村人に支えられている。彼らの助けなしには、村の支援団体は設立できない。