『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

2003年7月18日

広州へ移動。バスで12時間。あいやー。

HANDAの会計のおじさん・朱さんが料理して私たちの帰りを待っていてくれた。うまい。その辺のレストランより絶対うまい。労働の後のビールもうまい。

 

食事の後…

 

林志明:(今回のハンセン病快復村調査旅行では)「あんたがいたから、院長、衛星局長なんかと一緒に食事ができた」。

原田:「あの食事は僕のためだけじゃありませんよ。お二人自身のためでもありますよ」。

林:「そうだな。お前さんの村(リンホウ村)の村長だったら、自分から食事を断りかねないからな」。

原田:「そうですね…。でも、うちの村長も変わり始めているんですよ。林さんの著作『苦難不在人間』によって、『快復者』という概念を知ったんです。それまでは自分自身を『病人』と呼んでいました」。

林:「おー、そうか。徐々に変わっていくんだな」。

原田:「はい。だから、努力を続けます。誰かが『リーダーが大事だ』と言っていました。欧さんは清遠のリーダーですね。清遠の人々はだんだん変わりつつあるんじゃないですか」。

欧鏡釗:「そうだな。大きくは変わらないが、徐々にな。おれは外に出て行くことも、町で買い物することも、食事をすることも恐れない。リーダーが大事だ」。

原田:「リンホウの場合は、蘇村長をまず変えないと、ですね」。

欧:「そうだな。ただし、70歳を超えているから難しいな。人の意見に耳をかさん」。

原田:「だからこそ、努力を続けます」。

…と、いつの間にか、村長の人生に介入することをとっていた。やはり、おれは奇人系に弱い。森元さんにせよ、欧さんにせよ、「普通のハンセン病快復者」ではない。外に向かうエネルギーがものすごい。さぞかし欧さんは森元さんと意気投合するだろう。