村人との毎日
・蔡玩銀(チョワ=ウィンウィン、♀)(62)、許若深(ンコウ=ジャクシン、♂)(70)
今回のワークキャンプでは水道を設置する。蛇口の個数と設置個所はどこがいいのだろうか。ジルとルーシーの協力で、村人全員にアンケートをとる。)結果、13個の蛇口を部屋の外につけることになった。そのアンケートでインイン(ウィンウィンのあだ名)の部屋に行ったとき。
「あんた、去年の11月、死にそうになってたインチンを見て泣いたろ」。
インインと若深さんがそう私をからかう。ルーシーは爆笑する。ジルはこの話をマークから聴いて知っていた。この話は結構有名なようだ。
・郭聯浩(グェ=リャンハウ、♂)(49)
井戸を奪う
リャンハウヒャン(郭聯浩さんのこと。「聯浩兄」の潮州語読み)はリンホウでいちばんの友達だ。普通語を話さず、字も書かないリャンハウヒャンとは微妙な潮州語とスキンシップで通じ合っている。
リャンハウヒャンが井戸を愛し、単なるアルバイト以上の情熱をもって水くみをしていることは11月のキャンプ報告に書いた通りだ。今回のキャンプでは水道を設置し、そんなリャンハウヒャンから井戸を奪ってしまった。
2月25日、水道が引かれた。井戸から電動ポンプでくみ上げた水を長屋Aの屋根にある金属製の貯水タンクまで引く。屋根からはホースが垂れている。まだ蛇口はついていない。
キャンパーの料理用に溜めてある水が足りなくなったことに気づいたリャンハウヒャンは、天秤棒にバケツを提げ、水道の前を素通りし、井戸へ向かう。
井戸には電動ポンプがついている。いつもバケツを置く場所には、水道管が伸びている。バケツを置くと立つ場所が十分にない。ポジショニングをしばらく試行錯誤し、リャンハウヒャンは1杯水をくむ。そして、「フフン」と無表情で笑うと、水を井戸に戻し、井戸を離れる。
長屋Aに戻るとリャンハウヒャンは、貯水タンクから伸びるホースをバケツに突っ込み、水が満たされるの黙って見つめる。ホースの先から、水が勢いよく吹きだしている。
その夕方、水道を設置した蔡さんが帰っていく。バイクのアイドリングの音を聞きつけたリャンハウヒャンは蔡さんに近づき、お礼を言った。
*
翌26日7時前。リャンハウヒャンの水くみが始まる。歩けない村人が水道の恩恵を受けるには、長屋Bの完成を待たなければならない。リャンハウヒャンは水道をひねる。勢いよく水がバケツに流れ込む。彼はボソリと言う、
「好(ハオ)」。
リャンハウヒャンは蘇さん宅に水を担いでいく。蘇さんと話し込んでいた私は、2杯目をくみに行ったリャンハウヒャンを追う。天秤棒のバランスをとりながら坂道を下るリャンハウヒャンの姿を、朝日の逆光が薄黒くする。昨年11月と同じ絵だ。しかし、これまでと違い、リャンハウヒャンは井戸を素通りし、水道へと向かう。ポンプがつき、水道管が走る井戸を見、少し淋しくなった。
・劉友南(ルー=ユウラン、♂)(72)
知られざる劉さんの一面
村に来て20年という劉友南さん(68)は一風変わった村人だ。農歴上の祭日には、お札を燃やしながら祈る。彼の文章は複雑な修飾語が並ぶ。美に対する執念は凄まじく、菊の鉢植えを10個ほど古巷の町から運んだ。歩いて片道1時間の道を2往復したというから、合計4時間かかっている。
そんな劉さんはチャーミングな一面を持っている。部屋の前に立て掛けてあった棒が倒れ、菊の花が首を落としてしまった時のことだ。劉さんは花を左腕に抱き取り、右手でそっと撫でながら、
「アァァ、ヨシヨシ…」。
これが悠子ちゃんに受けると、今度はわざとボールペンを落とし、
「アァァ、ヨシヨシ…。痛くない、痛くない」。
・蘇文秀(ソウ=ブンシュウ、♂)(75)
蘇村長の甥
蘇文秀村長の机の上にはガラス板が張ってあり、その下には写真や新聞の切り抜きが並んでいる。その中に「蘇某」という見慣れない名前と電話番号がある。筆談で訊いてみよう、
「これ誰ですか?」
「あぁ、これは弟の子供だ」。
「村に来ることはあるんですか」。
「休暇中に来ることもある」。
「何で一緒に住まないんですか」。
「親族は別々に住んでるからな」。
そう書いた蘇村長は、続いてボールペンを動かしていく。
「HANDAの陳さんにあいさつを伝えてくれ、彼の健康と仕事がうまく進むことを祈ると」。
以後、甥の話に触れることはなかった。
神経痛
郭さんが水枕をもって蘇村長宅に入って行く。後を追うと、蘇村長がベッドに座り、右足をさすっている。
「スゥーッッ!」
聞いている方も痛くなりそうな声をあげ、蘇村長は太腿だけ残る右足を押さえて痛がる。郭さんは暖かい水枕を村長の右足に添え、心配そうに村長を見る。
「痛い…!」
村長は深く息を吐きながら右足の上に突っ伏し、のた打ち回る。
1979年、蘇村長は右足を切断した。以来、時折このような痛みが彼を襲うという。
そう教えてくれたカンペイちゃんは言う、
「今晩、彼は眠れないな…」。
・蘇振権(ソウ=チンクァン、♂)(75)
ポークジャーキー
蘇さんのうちに真人と遊びに行き、米焼酎を飲ませてもらった。肴はポークジャーキー(ビーフジャーキーの豚肉版)。これが、うまい。口に入れた瞬間はマズイが、噛んでいくとホントにうまい。遠慮しつつも「ホーチャ、ホーチャ」(うまい、うまい)と食べていると、蘇さんは1袋持って行けと言う。貴重な蘇さんの肴を持って帰るわけにはいかない。しかし、いくら断ってもどうしてもと言われる。
「両个、両个」(じゃあ、2コだけ頂きます)。
「両个?好、好」(2コか?よし、わかった)。
真人と私は、開いているポークジャーキーの袋から1枚ずつ出そうとする。と、蘇さんは隣の部屋のションリに何か大声を張り上げる。やって来たションリはポークジャーキーをもうひと袋もっている。
結局、2袋もらうことになってしまった。教訓:「贈り物ははじめから素直に受け取ること」。
イチゴにソースを?
また、蘇さんと米焼酎を飲んだ。肴は焼豚、ゆで卵、イチゴ。このイチゴは、いつも卵や野菜をくれる村人たちや、ポークジャーキーをくれた蘇さんやションリへのお返しとして私たちが贈ったものだ。
「甘くないからな」。
そう言いながら蘇さんはイチゴにニンニク=ドレッシングをつけて食べる。あまり美味しそうにはしていない。味見するべきだった。贈り物、失敗だ。
潮州工夫茶道、潮州語講座
蘇さんがお茶に誘ってくれた。私に潮州式のお茶の入れ方―潮州工夫茶―を教えてくれるという。
まず、小さい急須に茶葉を半分くらい入れていく。もういいかな?
「ケッコウ、ケッコウ」。
蘇さんに「結構だ」と言われたような気になって手を止めると、蘇さんは再び、
「ケッコウ!ケッコウ!」。
どうやら身振りから判断して潮州語の「ケッコウ」とは、当然のこととして「結構」ではなく、「もっと入れろ」という意味らしい。
かなりの葉っぱを詰め込んだ。3分の2以上は入った。それでも蘇さんは、
「ケッコウ、ケッコウ」。
結局、フタがギリギリしまる位の量の茶葉を押し込んだ。もう、お湯は沸いたかな?ヤカンのフタを取ろうとすると、蘇さんは首を横に振り、
「ブェ」(まだだ)。
お湯を急須に注ぐと、すぐに蘇さんは2つのお猪口にそれをあけるように言う。この一番茶はお猪口を洗うのに使う。その間に急須にお湯を入れておく。
30秒ほど経った。お茶を入れようとすると、
「ブェ」(まだだ)。
1分ほど置いてから、お茶を注ぐ。
「チャッタェ!」(飲んでいいぞ)
苦味のある潮州工夫茶。蘇さんは悠子ちゃんにもすすめるが、彼女は苦いこのお茶が苦手だ。「悠子喝白湯」と筆談すると、蘇さんは
「クンチュイ?」(お湯?)
と言い、コップにお湯を入れてくれた。
蘇さんがあまりお茶を飲まないので言ってみた、
「チャッタェ!」
蘇さんはグッとお茶を飲み干して「請茶」と書き、
「チアンタェ!」
と発音してみせる。こちらの方が丁寧な表現なのかもしれない。
他にもよく使う表現をいくつか教えてもらった;「ウー」(ある)、「アヤマイ」(いるか、いらないか)、「ルーホウ」(こんにちは)。
多すぎる贈り物の断り方
お茶も一段落つき、さて帰るかというとき。蘇さんは部屋の奥の方で何かゴソゴソやってる。見に行くと、卵を袋に入れていた。次々と入れていく。10コ以上ある。まだまだ入れる。
村人にとって卵は貴重なタンパク源だ。その上、キャンパーは卵を町で十分に買ってきたので、もらっても腐らせてしまうかもしれない。どうしても断らなくてはならない。師範学院の学院の学生によると、言葉が通じない分、村人は贈り物で感謝を表現しようとするそうだ。その気持ちは受け取らなければならない。しかし、村人の食生活を圧迫するような事態は避けなければならない。しかし、まったく受け取らないわけにもいかない。私は、ポークジャーキーの二の舞を演じないよう、筆談で誤解のないように卵の量を減らしてもらうように頼んだ。
「今キャンパーは6名なので、6コだけでいいです。たくさん頂いても腐らせてしまうかもしれません」。
蘇さんは納得してくれた。