ついに病院へ
今日も快晴。真夏日だ。朝9時前、ついに蘇瑞潮さんは許さんを町の病院に連れて行く。
病院へ
許さんが立った。右足だけで飛び跳ねて歩く。肩を貸そうとすると、やはり断られる。そのまま蘇瑞潮さんのバイクの後にまたがった。
左足を浮かせたまま、許さんはバイクの後ろに乗っている。ときどき振り返って、自転車の私がついて来ているかを確かめる。眼が合うと微笑んでくれる。
時々バイクはスリップする。蘇瑞潮さんが言っていたように、昨日この道を通っていたら危険だったかもしれない。
村の近くに住む蘇さんがバイクで許さんを病院に連れてきた
診察?検査?
灰黒くなった建物。部屋は7部屋ほどだ。ここは何度か通ったことがあるが、病院だとは思わなかった。
この壁では病院には見えない
「厚婆坳礦衛生所」というこの病院の設備はかなり古い。患者さんは許さんを含めて3人。付き添いは蘇瑞潮さんと私を含めて5・6人だ。
やっと許さんは病院にこれた。が、古い建物だ…
許さんはお腹のレントゲンを撮ってもらう。医師は印画紙を病院の庭に干すと、部屋に入ったきり出てこない。
…まだ出てこない。木陰に座り込んでいる許さんはレントゲンを日にかざし、何度も眺めてつぶやく、
「見てもわかんないな…。あんた、わかるか」。
蘇瑞潮さんもわからない。私もわからない。私は医師がいる部屋の戸をたたく。
眉間にシワを寄せた医師が出てくる。
「このレントゲン、どうゆうことですか。説明してくださいよ」。
「この小さいのが腎結石だ。たくさんあるだろ。薬を飲めば結石はなくなるだろう」。
請求書には、レントゲンなどで60元(約900円)とある。診断書にあたる薄い一筆箋には、うねった文字がある。許さんと2人で解読すると、彼の病名は「左腎泥砂様結石」だった。
「ムムム…?意味ワカラン」。レントゲンを見る許さん
許可が必要だ
ジエシャン、チァロン、ビンナ(♀)と4人で、師範学院の近くの中学校に行く。リンホウの医療を改善するため、校内で寄付を募る許可を得たいからだ。ビンナは、外青隊のボランティアとしてここで英語を教えているので、彼女のコネを利用する。
「教育局の許可が必要だ」。
そう言い残して校長は去る。ビンナと顔見知りの先生は、写真やHANDA通信を見ながら理解を示してくれるが、教育局の許可がないとどうすることもできないという。許可がないと生徒も私たちを信用せず、寄付しないかも知れないとビンナは語る。
「私たちは相手にされてないわね」。
ジエシャンはそうぼやく。
たらい回し
この地域を管轄する教育局に行く。
「潮州市の教育局に行ってくれ」。
よく「たらい回しにされる」と聞くが、このことを言うのだろう。
「申請、会議、許可、申請、会議、許可…。お役所はダメね」。
学校での寄付集めは見送ることにする。最近、中学校内で身体が不自由な人への募金がなされたという。その上にリンホウへの寄付を募るのは難しい。
替わりに街頭募金をすることになった。ただ、実施するのは後期が始まる9月だ。延期の理由は、ジエシャンとチァロンが明日卒業して実家に帰ってしまい、リンホウに強い想い入れのある中心的学生がいないこと、さらに3年生以下は試験が始まることだ。8月のワークキャンプに参加した学生がリンホウの医療を改善したいと想ってくれれば、効果的な募金活動ができるだろう。いずれにせよ、3年生のビンナは協力を約束してくれた。テレビ局の助けも借りたい。
流血
村に帰ってくると、曽さんが飲みに誘ってくれる。その前に蘇村長に許さんの病状について報告しておこう。村長は部屋の前で涼んでいる。
「(許)炳遂はどうだった?」
「腎結石です。それほど深刻な病状ではないようです。ただお金の問題は大きいですね」。
「炳遂が左足をケガしたのは知ってるか」。
ゾッとする。午前中、許さんと別れたときの映像がよみがえる。
*
病院を出た後、蘇瑞潮さんは大きな道から1本入った川の土手沿いに許さんを降ろした。瑞潮さんは私の午後の予定を確認すると、許さんを残してバイクを走らせる。薬を買いに行ったと許さんが教えてくれる。
(潮州に行かなきゃいけないのに…。瑞潮さんはいつ戻ってくるのかな…)。
そんな私の思いを見透かすかのように、許さんは私にもう行けという。しかし、左足にハンセン病の後遺症の傷があり、自由に歩くことができない彼を、土道の端に独り残して行くわけにはいかない。立ち尽くす私に許さんは再度、行けと言う。
(ま、瑞潮さんは薬を買いに行っただけだからすぐ戻るだろう)。
自転車にまたがって後を振り返ると、許さんは手振りで行けと言っている。
その後、この道は人通り、車通りが増え始めたという。許さんは座ったまま移動し、人や車を避ける。無理して立ち上がったときだ。彼は転倒し、元々あった左足の傷から血を流してしまう。血は止まらない。許さんは上着を脱ぎ、それを足に巻いて止血した。
*
「もう炳遂を古巷に連れて行くのはごめんだ」。
血を流す許さんを村につれて帰ってきた瑞潮さんは、村人に非を責められ、そう言ったという。しかし、瑞潮さんだけの責任だろうか。むしろ、私の方が罪が重いのではないか。ただ、なぜ瑞潮さんは私の予定を知りながら許さんを置き去りにしたのだろうか。
大丈夫かな…
曽さんに事情を話して先に飲んでいてもらい、許さんのところに行く。
「おぉ、帰ってきたか」。
許さんは笑顔だ。
「足はどうですか!?血は止まりました!?」
「ハハ」。
小さく笑うと、許さんは足が地面に当たらないようにして座ったまま移動し、お茶を入れてくれようとする。
「止まったぞ。問題ない」。
劉さんが医薬品を持ってきてくれる。ここへ来る前に頼んでおいたからだ。
「包帯、これは飲み薬、これはバンドエイド、そしてこれが…」。
劉さんの長い話が始まる。お礼を言いながらひとつ1つにうなずく許さんの左足は、いつもより腫れている気がする。
今日のイタダキモノ
郭さん:ごはん
曽さん:卵焼き、焼酎