『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

再見、リンホウ

3月10日、別れの日は雨だ。

 「涙雨ですね」。

中平さんは言う。

7時過ぎ。郭さんは淋しそうに笑うと、私の手を握る。しばらく離さない。

許さんはお茶を入れてくれる。合間に、私のノートに書く。ふるえる手で、ふるえる字をゆっくりと書く、

「我祝你們一路平安 順心順意」。

  *

「四月、再来」。

指が短いインチンの両手を握ってそう言うと、彼女は泣く。インチンの部屋の外ではインインと郭さんが泣いている。私は彼らと握手すると、涙がにじみ出てくる。

「悲しくてもうご飯が喉を通らない」。

インインは言う。村人に歌をよく歌っていた悠子ちゃんは最後の歌を歌う。インチンは黙って、じっとそれを聴く。終わると、インチンはしゃくり上げる。

そこへ陸さん夫妻が来る。悠子ちゃんが陸さんの奥さんにネックレスをあげ、首にかけてあげると、奥さんの涙は号泣に変わった。

私は、3週間後の4月には駐在員としてここに来る。それでも、村人の涙を見ると、キャンパーとの、私との別れを心から悲しむ村人が流す涙を見ると、涙がにじむ。

   *

中庭にはみんなが集まっている。郭さん、劉さん、若深さん、松立、村長、カンペイちゃん、曽さん、孫シュウシュウ。

私は車に乗り込む。郭さんが瞬きをたくさんしながら、もう一度握手して言う、

「タイラン!」

私は「リャンハウヒャン」と声を出せなかった。

孫シュウシュウが近づいてくる。さっき、リンホウ医院までモノを運ぶのを手伝ってもらった。彼にはいつも世話になりっぱなしだ。それを想った瞬間、涙があふれる。

「不要、不要!」

笑顔のシュウシュウに泣くなと言われ、私は無理して笑うが、返って涙の量は増える。

   *

2000年のフィリピン=キャンプで見たフィリピンの村人の涙と、リンホウの人々の涙は明らかに違う種類だ。リンホウの村人には切羽詰った悲壮感がある。

(師範学院の学生といっしょに、半隔離村を外に開いていこう)。

そう強く想う。