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『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

気分最悪の日

リンホウに昨日きたばかりなのだが、午後から気分が落ち気味だ。原因は多々ある。

率直に言ってくれ

朝、医院で食事を済ませた後、マークと村に向かう。彼は朝から元気がない。

「どうした?昨日あんまり寝れなかった?」

「いや、ラッキー(林少杭♂)がもしかしたら明日の勧誘を延期することになるかもしれないってメールしてきたんだ」。

訳を訊いても彼は答えない。

村までの6分ほどの道を歩きながら、昨日話した問題についてマークにもう一度きいてみる、

「チァロン(マークのことは中国名「佳栄」で呼ぶことにさっき決めた)、何か問題があったら率直に言ってくれ。でないと、おれは対処しようがない」。

「わかった、昨日の問題のことを話すよ。チャン=ジョンウェン(レオ)たちは、英語を教えるボランティア団体としてリンホウ村への寄付を2700元集めたんだ。そのお金で村にコンロを買おうとしたんだけど、学部長に反対されたんだよね。チャン=ジョンウェンの団体は学部長の許可なしに寄付を使えないんだ。自由に寄付を使うためには新しい団体―『愛心天使』を設立しないといけない」。

チァロンが話し終えるか終えないかで、曽さんと遭遇、

「アーっ、タイラン!」

そう言いながらタバコをくれる。続けて曽さんはチァロン(マーク)に浴びせるように話し始める。そのまま村に着き、話題は逸れてしまう。

汕頭(スワトウ)人

村人の食生活が豊かだ。2月のキャンプのときも豊かだったが、それは旧正月中で積み立てておいたお金を放出したからだ。今回はなぜだろう。

「このお菓子は汕頭(スワトウ)のカトリック教会が持ってきてくれたんだって」。

インチンの言葉をチァロン(マーク)が訳す。その他にも石鹸などの日用品、薬、服などたくさんのものを持って来てくれたらしい。この教会は、潮州テレビが放送した、リンホウでのワークキャンプを扱ったニュース番組を見て村にやって来たという。

やはり、教会と協力するのが得策か。先の白諸村でのシスターたちの活動にせよ、彼らには頭が下がる。

朝8時過ぎ、チァロン(マーク)は大学に帰って行った。

「乾!乾!乾!」

「あんたを歓迎するぞ。ここ何日か、いつ来るか、いつ来るかと思っていたんだ。うちに来たら茶、飲んでけ」。

お茶を飲みながら許炳遂さんのありがたいコトバに浸っていると、曽さんが焼酎の入ったペットボトルを提げてやって来た。

「タイラン、飲むぞ!」

「飲むぞってまだ朝の9時じゃないですか…。これからHANDAのニュースレターを訳さなきゃなんないし、夜にしましょうよ」。

「アーっ、そんなのどうでもいい、飲むぞ!」

曽さんはタップリと酒を注ぐ。

(ま、ちょっとだけなら…)。

「カン!」(乾杯!)。

誘惑に負けて飲む酒はうまいな。そう言った友人がいたが、ホントにうまい。

「タイラン、茶も飲め!」

曽さんにとっては、お茶がチェイサーのようだ。

「悠子は8月に来るのか?」

「まだわかりませんね」。

「そうか。カン!」

2人でグビっと焼酎をあおる。

「例の携帯電話型ライター(アンテナの部分を押すと呼び出し音と共に火がつく。曽さんのお気に入り)は持ってきたか?」

「あー、うちに置いてきちゃいましたよ」。

「何だ、持って来なかったのか。カン!」

もう一口。朝から酔ってしまう。

体の不自由さと共に生きる村人

蘇さんのところに行くと、彼は竹細工をしている。

「これ、ホウキですか?」

そう尋ねると、蘇さんはそれで地面をピシャリと叩いてみせる。ハエ叩きだ。蘇さんに編み方を習う。

「こうですか?」

「イヤ、違うな」。

「こうかな?」

「イヤ、違う。貸してみろ」。

ハンセン病の適切な治療がなされなかったため、蘇さんは手が麻痺している。指も短くなっている。それでも、刃物のような道具を使って、巧みに竹を編んでいく。3月は竹で大きな籠をつくっていた。

若深さん、インイン、インチンにお昼ご飯を招待された。メニューはご飯、春雨スープ、菜の花の炒め物、ソーセージ。眼が見えず、指があまりないインチンがご飯を食べる姿を始めて見る。インチンはインインに助けてもらいながら食事をとるのだと私は思っていた。違う。インチンはベッドの上に座ったまま、自分で食べる。

「ミー、ミー、来来!」

「ミー」とは潮州語でネコのことか、それともインチンのネコの名前か。とにかく、彼女はベッドの下に置いてあるネコ用の皿に食べ残りを移す。

(インチンは眼が見えてるんじゃないか?)

そう疑いたくなるほど、彼女は正確に食べ物を移していく。こぼさない。

リンホウの人々はハンセン病の後遺症が重い。眼の見えない人、指がない人、足が1本ない人。それぞれが道具を工夫し、不自由な身体を補っている。自分の身体の不自由さを受け止めて生きている。彼らのその姿を見ると、自分がちっぽけに見えてならない。

気が狂いそう!

しょぼい話だが、リンホウ2日目にしてイッパイイッパイになる。昼ご飯を食べて、HANDAのニュースレターの翻訳をしているときのことだ。うまい具合に翻訳は進まない。

原因は、まず、リンホウ医院の待遇が良過ぎて恐縮し過ぎてしまうことにある。部屋は院長室、電気・ガス・水道・電話代はいらない、ご飯は黙っていても自動的に出てくる、皿すら洗わせてくれない。返って居づらい。

村人も歓迎してくれ過ぎる。茶飲め、酒飲め、お菓子もって帰れ、卵もってけ、昼飯くってけ、虫刺されの薬をやるぞ…。このままでは村人の家計を圧迫してしまう。

さらに、私の仕事はかなり大変で、しかも多いことに気づいたことも原因だ。HANDAのニュースレターの翻訳は意外と時間がかかる。斜め読みして内容を把握するのと、一字一句を翻訳するのとではエライ違いがある。しかも、医院の職員が遊びに来るので、集中できない。師範学院の学生団体設立も前途多難だ。モグネットや他の団体にもレポートを書きたい。

(頭使うことは午前中に済ませて、午後は村や大学に行こうかな。で、夜また頭使って…。あー、時間が足んねー!)

悩んでいても翻訳は進まない。Blue Heartsをかけて、部屋を掃除し、荷物を整理する。

郭さんも心配だし…

もう1つの原因は、郭さんにある。ジエシャン(ジル)によると、3月に日本のキャンパーが帰った後、郭さんは脳の状態が悪化したという。言われてみると、郭さんが大きな声でしゃべっているのをまだ聞いていない。あまり元気がない。

夕方、新しい部屋に引っ越した郭さんを訪ねる。彼は虚空を何度か拝むと、お茶を入れてくれるという。

「チョウ」(座りな)。

やっと聞き取れるくらいの、かすれたヒソヒソ声。お湯を沸かしている間、

「チョイシャ」(ありがとう)。

そう小さく言って、郭さんは私にしばらく手を合わせる。彼は横を向くと、潤んだ赤い目を拭う。

2人は無言で、お湯が沸くのを待つ。ヤカンがカタカタいう音と、郭さんが鼻をすする音だけが部屋に響く。

喉の下の方が痛くなってくる。

嫌な夢

そういえば、昨日の夢も痛かった。郭さんと別れ、夕飯を食べに医院に戻る道で思い出した。4月に某新聞社の記者になった、大学で仲のいい友人の夢だ。彼は言う、

「想ってた以上に記者は楽しいよ。おれサァー、社内での成績がDランクだったんだよねー☆」

なぜか、夢の中でこの新聞社は記者をAからZまでにランク付けている。彼は新入社員の中ではダントツの成績だそうだ(※彼はとてもイイやつで、大好きです)。

記者志望だった私は昨年9月、新聞社の入社試験の秋採用を受けずにリンホウ村に行った。夢の中で私は思う、

(あー、あん時、秋採用うけてれば、もしかしたらおれも新聞記者に…)。

潜在意識の中で、私は後悔しているのだろうか。

追い討ち

ジエシャン(ジル)から電話がかかってくる。

「ハーイ!リョータ(僚太郎)!」

「オー、ジエシャン?」

ちょっと救われた気分がした。

「謝らないといけないことがあるの」。

ドキッとして理由を訊く。

「今朝シャオハン(ラッキー)がチァロン(マーク)にメールしたから知ってるかもしれないけど、うちの大学ね、SARSのせいで外国人が出入り禁止になっちゃったの…。だから明日、リョータは来れないわ。明日の勧誘と木曜日のインタビューは延期しましょう。」

救いは吹っ飛んだ。SARSだ。だからチァロンは今朝、元気がなかったのか。ジエシャンによると、SARSの危機が去るまで、外国人の出入り禁止は続くかもしれないという。それっていつの話なんだろう。「愛心天使」の設立はいつになるんだろう。FIWC関東のワークキャンプ(8月)はどうなるんだろう…。

とりあえず、彼らの時間がある日に大学の外で話し合うことにし、失意のうちに電話を切る。

ちょっとだけ救われる

5分と経たないうちに、再びジエシャンから電話があった。

「明日、大学の近くで話し合いましょう」。

とりあえず話し合いの場を持ち、団体設立の準備を進められそうだ。しかし、これからどうなのか。「愛心天使」設立が不透明度を増せば増すほど、私の気持ちも落ちていく。

(おれにも天使が必要だな…)。