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『猪突盲進』-原田燎太郎

World as One Family by Work Camp

タダ飯

潮州へ

携帯電話が振るえて目を覚ます。7時半だ。

「三輪バイクは8時にリンホウ医院に来るわよ」。

ジエシャン(ジル)からのメッセージを確認し、携帯電話を放り出し、水浴びをせず、朝飯を食べず、持ち物をかき集め、蘇村長に潮州に行くことを伝え、医院へと自転車をこぐ。レインコートは忘れた。

歩いて古巷へ

医院の手前に、2つの小型プロパンガスを天秤棒で担ぐ劉さんが見える。

「古巷までガスをチャージしに行くんだ」。

歩いてだ。左眼以外に身体が不自由なところが見当たらないとはいえ、片道1時間はかかるはずだ。三輪バイクに乗るように行っても頑としてきかない。

「歩くのが好きなんだ。健康にもいいしな」。

劉さんを振り返りながら三輪バイクで医院を離れ、古巷に向かう。

「ヤンキー風」の少年

古巷の町から乗る8番のマイクロバスでは人間模様を観察する。今日は、いわゆる「ヤンキー風」の少年が乗ってくる。このあたりでは珍しい茶髪に、極端にフレアしたジーンズをはき、入口付近に立つ。視線が彼に集まる。

よろけながら白髪の男がバスに乗り込んでくる。手すりをしっかりつかみ、一歩一歩ステップを上がる。車掌と「ヤンキー風」の少年はほぼ同時に彼を両方から支え、椅子に座るのを手伝う。座った後も少年は彼の肩に手を置いている。

開元寺の住職のお茶屋さん

リンホウ院長との待ち合わせ場所・南僑市場に9時半に着く。1時間余裕があるので、開元寺の住職一家が経営するお茶屋さんに行く。3月に知り合った彼には、ALA設立後に資金的な援助をお願いしようと思っている。今日は顔見せだ。

キレイで明るい店内に入っていくと、オネーチャンは笑顔で迎えてくれる。私を椅子に座らせ、立派な茶器でお茶を入れてくれる。3月に住職が座っていた椅子には、いかにも好々爺という感じの白髪のおじいちゃんがいる。その隣では子どもが英語の教科書をパラパラめくっている。その子は私をちらっと見た後、アルファベットを発音し始める、

「… O, P, Q, R, S, …? …」

覗き込んでいる好々爺が言う、

「Tじゃよ」。

「あ、そっか。T, U, V, W, X, Y, Z! Bike! Taxi! …」

発音練習を続ける少年を見守りながら、好々爺は満足げに微笑んでいる。

3月に会ったおばちゃんが何か話し掛けてくるが、「サンブー」という単語が分からない。

少年に英語で訊いてみるが、彼はキョトンとしている。

“go for a walk”

好々爺が独り言のようにつぶやく。「散歩」だ。香港出身の彼は英語を少し話す。

家族と豊かな暮らしを見ると、どうしてもリンホウと比べてしまう。

薄気味ワルい歓待

院長のバイクの後ろに乗り、彼の友人・許さんが勤める薬品工場に向かう。5月3日に会ったあの人だ。

「キミは彼の気に入ったらしいんだ。是非、工場に来て欲しいと言っている。いつが都合がいいかね」。

院長はおととい、そう筆談で尋ねてきた。その前日、許さん自身から似たような内容のメッセージが携帯電話に入ってきた。

そして、今日。大きな工場に着くと、大柄の工場長・李加海さんが迎えてくれる。尖った眉尻がきゅっと上に持ち上がっている、豪快なオヤジだ。許さんともう1人が加わり、昼ご飯を食べる。トリニク、エビ、カニ、ウナギ…。村では考えも及ばないものばかりだ。遠慮せずに食べろと何度も言われる。

昼食が終わると、お茶だ。小さ目のコップに入った私のお茶がなくなると、許さんはすかさず注ぎ足す。タバコをくわえると、火のついたライターが差し出される。工場長はタバコを1箱くれた。

そうゆうことか…

一段落つくと、日本語の文書を渡される。

「中国語に翻訳してくれないか」。

この薬品工場ではカプセルの錠剤をつくっている。この文書では、カプセルに薬を充填する新しい日本製の機械が紹介されている。タダ飯を食べてしまった私はこの場でこれを翻訳することになる。

彼らはもう1つ仕事を持ってくる。日本で開発されたカプセルの新しい素材に関する問い合わせをしてほしいという。問い合わせ事項を箇条書きにした紙と、その素材を開発した研究所の電話番号を渡される。

…。思い出せない。日本の国番号を忘れた。81だっけ?49だっけ?(どなたか教えてください)。結局、メールで問い合わせることにした。彼らは日本語をダウンロードするほどの根性を見せる。

ここで働かないか

工場長は機嫌がいい。私にタバコを1カートンくれる。「喜」が2つ並んだ、ラーメン屋でよく目にするマークの、値が張るタバコだ。しかも、ソフトケースより高いボックスのだ。

「あんた、ここで働け。なーに、毎日来る必要はない。1ヶ月に2週間でいいんだ。給料も出すぞ」。

給料。

私は「経済的自立」を目標の1つにおいている。現在はFIWCのカンパで生活している。彼の発した言葉―「給料」を意味する「工金(コンチン)」。その響きとその漢字が、私の頭の中をグルグルと回る。

次の瞬間、蘇村長の顔が浮かぶ。

「お受けできません。村に電話線があればメールで少しお手伝いできます。ただ、HANDAとFIWC関東委員会の仕事に支障を来たすようならそれも無理です」。

この工場の人たちと仲良くなったことは収穫だ。ALA設立後、寄付をお願いしてみよう。

中国のレインコート

バイクの後ろに座り、ヘルメットなしで受ける風は気持ちがいい。が、風に混じって大粒の水滴を感じたかと思うと、あっと言う間に夕立になる。

しばらく雨宿りしてもやむ気配がない。私は濡れた髪を結い上げ、院長はレインコートを出し、強行突破に備える。

中国のレインコートはすばらしい。ポンチョ型で、胸側が長くなっていてバイクや自転車のカゴに被せられる。こうすればカゴの中身や足がほとんど濡れない。背中側も長めにつくってある。なぜ日本にはこれがないのだろう。私は院長のレインコートの後ろに潜り込み、土砂降りの中をバス停まで急ぐ。

婆孫3人

バスでは眠り込んでしまった。ハッとして目を覚ますと、降りるべき古巷の少し手前だった。ホッとした次の瞬間、また眠ってしまう。

目を覚ますと、終点だった。古巷まで歩くと15分ほどかかる。雨は土砂降りのままだ。バス停の近くで雨宿りする幾人かの人々の方に歩く。

屋根の下では、ピアスをした小さな女の子が自転車のハンドルをおさえて立っている。私をチラチラ見る。タバコを吸っている私と、束ねられた私の髪を見て、不思議そうな、怯えるような表情を浮かべる。雨を見たり、マゲを見たり、遠くを見たり、落ち着かない。

そこへ、新しいレインコート2着を広げながらおばあちゃんがやって来る。その後ろからピョコピョコついて来る小さな女の子は妹だろう。妹は自転車の荷台に座るとおばあちゃんのレインコートの後ろに潜り込み、はしゃぐ。ピアスの女の子は小さ目のレインコートを被る。彼女は私に微笑みかけると、おばあちゃんの緑のレインコートの背中を追いかけて自転車をこいでいく。3人は土砂降りの雨のなか、どんどん小さくなっていく。

(おれも帰ろう…)。

バス代の1元(約15円)をケチっている自分に気づき、ちょうど来たバスに乗り込む。

75円

古巷からリンホウまでは三輪オートバイで帰る。

「リンホウイーユアン!」(リンホウ医院まで!)

暴雨のため、声を張り上げないと三輪オートバイの運転手には聞こえない。

「ウーカイ」(5元(約75円)だ)。

通常、古巷からリンホウ医院までは10元(約150円)、高いと15元(約225円)は取られる。中国人に見られてボラれなかったのかなと少しうれしくなる。

が。まだまだ医院に着くはずもないところで彼は停まる。彼は行き先を勘違いしていた。

「何だ、リンホウ医院か。あの山の向こうだろ。それなら15元だ」。

「ふつう10元ですよ」。

「今日は土砂降りだからな」。

これ以上交渉する語学力もなければ、気力もない。5元(約75円)をもうけたと思ったが、逆に5元余計に取られてしまう。

ワークキャンプが村にもたらす変化

遅い晩ご飯を食べていると、村人の笑い声が聞こえてくる。長屋Bの前に座り込む若深さん・インイン、長屋A側の蘇村長・シュウシュウが声を張り上げて話す。長屋Bを建て替える以前、若深さん・インインが夜間に長屋Aの人々と顔を付き合わせることはなかった。

これまで、ワークキャンプが村にもたらした問題ばかり書いてきた。確かにワークキャンプの建設計画は村人の生活を変えた。悪い方向に変えてしまったことがある。しかし、それだけではない。良い方向に変わった部分もある。

今夜の村人の話題は、「8月のワークキャンプは開催されるか否か」のようだ。村人はワークキャンプの日を楽しみにしている。

今日のイタダキモノ

なし