男の村人のタコを削る
今日はタコを削らせてもらう日だ。簡単なレクチャーを受け、ナイフを持つ。
傷と化したタコの削り方に関するレクチャー
①1%の食塩水に傷のある足を30分つける。硬くなった皮膚を柔らかくすることと消毒を兼ねている。
②硬くなった皮をそぎ切っていく。指で触りながら、柔らかい皮を傷つけないように切り取る。新しい皮は硬い皮の下にあるので、硬い皮があると新しい皮が出て来られないまま、タコが深くなってしまう。ナイフ(あるいはハサミ)は70%以上のアルコールで消毒し、清潔な水で洗っておく。アルコールは肌にダメージを与えるためだ。
③食塩水に浸したコットンボールで消毒してガーゼを貼る。ガーゼは洗ったあと日干しにし、再利用する。
タコ削り
説明を受けた後、実際にタコ削りが始まる。次から次と、村人が私たちのいる部屋にやってくる。足の裏に直径5センチほどのタコ傷を持つ村人、足首の骨が見えている村人、足が変形してどんな靴も履けなくなった村人…。彼らの足の裏のタコを、グレイスとファニー、シスター3人が削っていく。
「月に一度くらい削るだけでは良くならないのよね…」。
確かに、一度だけでは、「焼石に水」もいいところだ。村人の多くはおしゃべりにきているという感覚なのではないか。そんな印象を受ける。
感動
グレイスがある村人のタコ傷を削った後、包帯を巻かせてもらった。包帯を結び、靴をそろえてあげると、彼は指の第3関節すらない手で靴を押さえ、足を突っ込む。
親指と人差し指の付け根がわずかに残るおっちゃんの手。やっと紐を摘まめるか摘まめないかの手で、紐を探るように挟む。私は手を出しそうになるのをこらえ、見守る。
結べた。
「おー、ハオ、ハオ、ハオ!」(おー、すごい!)
この時を待ち構えていた私は親指を立てて小さく叫ぶ。おっちゃんは「どうだ、見たか!」と言わんばかりのいい笑顔を見せてくれる。
グレイスの熱意
15時30分、タコ削りを再開すべく、部屋に待機する。しかし、村人がまったくタコ削り室に来ない。
(じゃ、ちょっと寝ようかな)。
そう思ったとき。
「じゃ、村人の家を訪ねて行って、タコを削りましょう」。
こう言うとグレイスは、左足を少し引きずるようにしてズンズン歩いていく。彼女は以前に骨折し、今も人工物が腿に入っているという。村人と大きな声で話しながら、グレイスはカードにタコ傷の状況を書き込む。目を覆いたくなるほどの傷。
「△?!□※!!」
村人の生活状況やタコ傷のひどさに興奮すると、グレイスは広東語で私にまくし立てる。もちろん、私は何を言っているか分からない。
指がなくても自分で料理
村人の黄さんは両手の指がなく、手が丸くなっている。にも関わらず、自分で料理しているという。フライパンを使って炒め物をすることはできないが、蒸料理なら可能だという。料理を手伝ってくれる人はいないそうだ。
それにしても、彼も含めてどの村人も後遺症が重いが、明るい。あいさつすると、初めて村を訪れた私にも笑顔を返してくれる。何度も村を訪れているグレイスとファニーと一緒にいるからだろうが、それにしても友好的だ。
ハンセン病という、当時は難病だった病を経験した人々。社会から隔離され、家族からさえ差別されてきた人々。なぜ、ここまで明るくなれるのだろう。まだわからない。
邱修女
村人の陳さんの左足は、変形が激しく、つま先が完全に後ろ側に曲がっている。彼は、足首の間接(甲側)を地面につけて歩く。見るからに痛々しい。彼は部屋の入口の低いイスに腰掛けてニコニコしていたが、私たち一行の姿を見ると、立ち上がって歩き出す。
「あー、座ってて~!!」
邱修女は心配そうに悲鳴を上げて彼に駆け寄る。涙すら浮かべている。修道女の邱さんは、結婚を捨てた。人のために何かをしたい。結婚によってその時間を奪われるのがいやだ。そんな想いから独身を保つ。21歳のとき洗礼を受けたという彼女は、ホントに優しい。
「カネ、カネ、カネ!」
何でも1人でできたある村人。この2ヶ月は、何もできない。
このおじさんは、今年の旧正月(1月の終わりから)のとき、自転車を運転中に転倒し、右足の太腿を骨折した。1万元(約15万円)の治療費が払えるはずはなく、鎮痛剤もないまま、痛みに耐えている。今も、右足の腿を持ち上げることができない。今は寝ているだけだ。料理は、お金を払って他の村人にお願いしている。
ファニーは彼に治療費を寄付することを考えたという。が、やめた。不公平になるからだ。
「なぜ彼には寄付して、おれにはくれないんだ!」
そんな声が村人の間から聞こえてくるのは明らかだという。
「カネ、カネ、カネ!結局、みんなお金の問題なのよ!」
ファニーはそう吐き捨てた。
中国語、勉強しないとな…。
その夜。医院の職員2名、修道女3名、グレイスとファニーの大きな笑い声を聞きながら、独り部屋の外でビールを飲み、タバコを吸う。部屋からは電球色の明かりがもれる。
そこへ、部屋に向かう医院の職員の奥さんが通りかかり、中国語で何か話し掛けてくれる。
「ティンプートン」(わかんない)。
「ティンプートンァ。フフフ…」(わかんないか、しょうがないな、フフフ…)。
おばさんは部屋に入っていき、みんなと笑い声を上げている。
(中国語、勉強しなきゃダメだな…)。
グッとビールを一息に飲み干す。